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カテゴリー:競馬悲報

【悲報】「フジキセキ」死去

【悲報】「フジキセキ」死去

【悲報】「フジキセキ」死去

fujikiseki

1:2015/12/28(月) 13:44:23.29 ID:

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151228-00000054-dal-horse
6:2015/12/28(月) 13:46:23.05 ID:

老衰か
14:2015/12/28(月) 13:48:42.09 ID:

つよし、ジェニュイン、フジキセキ←同世代

つよし、ジェニュイン、トップガン←同世代

フジキセキ、トップガン←同世代?

15:2015/12/28(月) 13:49:01.88 ID:

イスラボニータが後継馬か

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【競馬悲報】マサラッキ死す|まとめ

【競馬悲報】マサラッキ死す|まとめ
【競馬悲報】マサラッキ死す|まとめ

1999年の高松宮記念勝ち馬マサラッキ(22歳、父マグニテュード、母ローズエントリー)が3日夜、繋養先の北海道浦河町・日進牧場中期育成牧場で病気のため死亡した。マサラッキは公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナルの引退名馬繋養事業で助成対象馬となっており、同財団が発表した。

マサラッキは現役時、通算成績30戦9勝。高松宮記念の他にも重賞を3勝しており、短距離路線で活躍した。日進牧場の谷川彰久専務は「この牧場の生産馬で、長男が生まれた年に高松宮記念を優勝してくれた思い出の一頭です。見学に来られるファンも多い馬でしたので、残念でなりません。応援してくださった方々に、この場を借りてお礼申し上げます」とコメントしている。

 

高松宮記念を見事の勝利

 

 

1:2015/12/04(金) 11:46:07.93 ID:

JRAHPより
4:2015/12/04(金) 11:48:42.15 ID:

中京の申し子

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ヴァンセンヌ引退|G1勝って欲しかった。

ヴァンセンヌ引退|G1勝って欲しかった。
ヴァンセンヌ引退|G1勝って欲しかった。
ヴァンセンヌが右前脚屈腱炎のため引退!種牡馬入り

今年の東京新聞杯を4連勝で制し、安田記念でも2着に入ったヴァンセンヌ(牡6、栗東・松永幹夫厩舎)が、右前脚屈腱炎を発症したため引退し、種牡馬入りすることがわかった。

同馬は父がディープインパクト、母がスプリントGI・2勝のフラワーパークという良血馬で、2012年に競走馬としてデビュー。3歳時には骨折、4歳時には屈腱炎で長期休養を余儀なくされたが、昨年秋に復帰すると、休み明け2戦目から一気の4連勝で東京新聞杯を制した。

その後京王杯スプリングC・安田記念でも2着と好走。更なる飛躍が期待されたが今秋は不振に終わり、マイルCS(14着)の後、滋賀県のグリーンウッドに放牧に出されていた。繋養先は北海道静内町のレックススタッドとなる予定。

【プロフィール】
◆ヴァンセンヌ(牡6)
厩舎:栗東・松永幹夫
父:ディープインパクト
母:フラワーパーク
母父:ニホンピロウイナー
馬主:社台レースホース
生産者:社台コーポレーション白老ファーム
通算成績:16戦6勝(重賞1勝)
主な勝ち鞍:2015年東京新聞杯(GIII)

 

東京新聞杯では見事重賞勝利

 

2015年ー東京新聞杯

1着 ヴァンセンヌ 福永祐一

2着 アルフレード 柴山雄一

3着 フルーキー 岩田康誠

 

 

 

1:2015/12/02(水) 20:03:43.74 ID:

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今年の東京新聞杯を4連勝で制し、安田記念でも2着に入ったヴァンセンヌ(牡6、栗東・松永幹夫厩舎)が、右前脚屈腱炎を発症したため引退し、種牡馬入りすることがわかった。

同馬は父がディープインパクト、母がスプリントGI・2勝のフラワーパークという良血馬で、2012年に競走馬としてデビュー。3歳時には骨折、4歳時には屈腱炎で長期休養を余儀なくされたが、昨年秋に復帰すると、休み明け2戦目から一気の4連勝で東京新聞杯を制した。

その後京王杯スプリングC・安田記念でも2着と好走。更なる飛躍が期待されたが今秋は不振に終わり、マイルCS(14着)の後、滋賀県のグリーンウッドに放牧に出されていた。繋養先は北海道静内町のレックススタッドとなる予定。

【プロフィール】
◆ヴァンセンヌ(牡6)
厩舎:栗東・松永幹夫
父:ディープインパクト
母:フラワーパーク
母父:ニホンピロウイナー
馬主:社台レースホース
生産者:社台コーポレーション白老ファーム
通算成績:16戦6勝(重賞1勝)
主な勝ち鞍:2015年東京新聞杯(GIII)

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後藤浩輝騎手衝撃の自殺|各界からの声まとめ

後藤浩輝騎手衝撃の自殺|各界からの声まとめ
後藤浩輝騎手衝撃の自殺|各界からの声まとめ

 日本中央競馬会(JRA)のトップジョッキー、後藤浩輝騎手が27日、茨城県阿見町の自宅で死亡しているのが発見された。

 後藤騎手は1992年3月、美浦・伊藤正徳厩舎所属でデビュー。競馬学校の同期には上村洋行、小林淳一(ともに元騎手)らがいる。

 初年度に12勝をマークしたものの、当時は目立った存在ではなかった。契機となったのは1996年の米国遠征。約6カ月間で7勝にとどまったが、厳しい環境に身を置くことで、技術的にも精神的にもひと皮むけた。帰国した96年以降、積極的な騎乗で勝ち星を伸ばしていく。

 騎手という職業を心から愛し、あらゆる努力を惜しまない半面、アツくなりやすい面もあり、99年8月19日に大事件を起こす。美浦トレーニングセンター内の「若駒寮」で吉田豊騎手を木刀で殴打。レース中のトラブルが原因とされ、4カ月間の騎乗停止処分を受ける。

 2000年は関東のリーディングジョッキー争いに加わり、初の年間100勝(101勝)をマーク。一流ジョッキーの地位を確立した。02年6月、安田記念をアドマイヤコジーンで制し、JRA・GI初制覇を達成。人目もはばからず号泣したのは記憶に新しい。

 00年6月からは僚誌の週刊ギャロップで「GO TO MOVE!」の連載を開始(のちに「GOTOジャーナル」)。責任編集として自ら企画・構成した。マスコミには協力的で、好んでテレビ番組にも出演。フジテレビ系の競馬番組などで、おちゃめなキャラクターを演じて、芸達者ぶりを見せた。著作は3冊、また1999年には「遙かな君に」で歌手デビュー。騎手以外でもマルチな才能を発揮した。ファンサービスにも熱心で、各競馬場のイベントでは常に主役だった。

 子煩悩でも知られ、まな娘の珠々(しゅしゅ)ちゃん(1)は、「外国の人にもわかりやすい名前を」ということで、自ら考え抜いて名付けた。

 再三の落馬事故に遭ったのは運がなかったとしかいいようがない。「アスリートである以上は格好悪い姿は見せられない」。自分のスタイルに人一倍誇りを持った男だけに、格好いいジョッキーであり続けるため、過酷なリハビリに耐え、厳しいトレーニングを課した。昨年秋の復帰後は、順調に勝ち星を積み重ね、往年の輝きを取り戻しつつあった。

★競馬場に献花台

 後藤騎手の死去に伴って、競馬場で献花台・記帳台が設置される。中山、阪神が28日~3月29日、小倉が28日、3月1日、中京が3月14日~29日。いずれも競馬開催日。

◆橋田師「泣きじゃくった姿が目に浮かぶ」

 2002年の安田記念でGI初勝利を挙げたアドマイヤコジーンを管理していた橋田調教師は、突然の訃報に無念の表情。「レース後は本当に喜んで、泣きじゃくっていた姿が今でも目に浮かびます。何度も大きな骨折をしても復帰して、大きなレースを勝ったのは本当に素晴らしい。社会の励みになっていたと思うので本当に残念です」と声を絞り出した。

◆2013年の交流GIマイルCS南部杯を勝ったエスポワールシチーを管理していた安達師 「急なことで驚いている。先週の日曜に京都競馬場で会ったときに『落馬したけど、大丈夫?』と聞いたら、『大丈夫ですよ』と答えてくれたのが最後。もっと会話していればよかった」

◆競馬学校の同期で現在、競馬学校教官の小林淳一氏 「あまりにも急なことだったので言葉がみつかりません。吉永護(元騎手)ら同期で(落馬負傷で入院中の)横山義行騎手のお見舞いに行ったときも後藤が“頑張らないと”と励ましていたんです。先日、4月から学校生の研修の依頼をしたときも、快く引き受けてくれたんですが…」

◆後藤正幸JRA理事長 「突然のご訃報に接し、ただただ、驚いております。見事な騎乗で活躍されていたご生前の姿をお偲びし、悲しみにたえません。心からご冥福をお祈りいたします」

 
三浦皇成紋章握りしめV報告
 

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