武邦彦、自由放任主義のしつけ・・・そう言えば長男は逮捕(前科あった)
武邦彦、自由放任主義のしつけ・・・そう言えば長男は逮捕(前科あった)

昭和の名ジョッキーで、武豊・幸四郎兄弟の父でもある武邦彦氏が12日午前1時26分、肺がんのため入院先の滋賀県済生会病院で死去した。77歳だった。その華麗な騎乗スタイルから「ターフの魔術師」の異名を取った邦彦氏。その遺伝子は三男・豊に受け継がれた。騎手引退後は調教師としても活躍。スポニチ本紙上でG1時に「武邦 名人解説」を執筆した多彩な才能の持ち主が、帰らぬ人となってしまった。通夜は14日、告別式は15日に行われる。

競馬界にショキングなニュースが駆け巡った。肺がんを患い、今春から入退院を繰り返していた武邦彦氏が天国に旅立った。「騎手」「調教師」としての実績ばかりでなく、三男・豊と四男・幸四郎の「父」としても名をはせ、競馬界に残した足跡は計り知れない。

豊は11日に北海道・門別のナイター交流重賞に参戦。危篤と聞いたのは日付が替わった深夜とあって、すぐに駆け付けることはできなかった。豊はJRAを通じて「ホースマンとしても、父親としても、たいへん尊敬できる偉大な人でした。今の私があるのは父親のおかげです。まだまだ見守っていてほしかったので、本当に残念です」とコメントを発表。幸四郎は急いで病院へ向かったが、着いたのは既に息を引き取った後だったという。幸四郎は本紙の取材に対し「親父から教わった全てのことを、今後の人生に生かしたい」と声を震わせた。

邦彦氏がデビュー16年目にして初めてクラシック競走を制した72年の桜花賞。検量室ではいろいろな人に声を掛けられたが、謙虚に頭を下げるだけ。記者の「悲願成就?」の質問にも「特に気にしていなかった」と答えたほど冷静な勝負師だった。その後は一気に開花。70年代に数々のビッグレースを勝ち「ターフの魔術師」「名人」「勝負師」など、数々の異名を付けられる関西のトップジョッキーになった。

そんな男が2度だけ涙を流したことがある。1度目は73年タケホープで制した菊花賞。1週間前に落馬事故でケガをした嶋田功の乗り代わりだった。管理する稲葉幸夫師が重責を果たし労をねぎらうと同時に「嶋田にも乗せてやりたかったな」と目に涙を浮かべていたのを見て、もらい泣きした。2度目は77年ダービー、ハードバージでの2着敗戦。頭差で敗れ、厩務員が「悔しい、悔しい」と涙を流すのを見て、馬上で一緒に泣いた。このあたりが「邦ちゃん」「タケクニ」などと関係者やファンから呼ばれ、愛された点であろう。

「武」といえば、今でこそ競馬界の第一人者「豊」が代名詞。しかしデビュー当時、豊は「タケクニの息子」と呼ばれていた。85年に騎手を引退し、87年に厩舎を開業。同年に豊が騎手デビューを果たした。いつしか立場が変わり「ユタカのオヤジ」と呼ばれるようになった邦彦氏。調教師としてもバンブーメモリー、メジロベイリーでG1を制覇。90年スプリンターズSは豊とのコンビで父子制覇。ガッチリと握手を交わした姿が印象的だった。その豊はくしくも騎乗停止中(21日まで)で今週は騎乗せず、棺の横に付き添っている。父子で最後の会話を交わしていることだろう。

◆武 邦彦(たけ・くにひこ)1938年(昭13)10月20日、京都府生まれ。57年3月騎手デビュー。通算7679戦1163勝。関西所属騎手で初の通算1000勝を達成。八大競走8勝を含む重賞80勝を挙げた。85年2月に騎手引退。87年に調教師として厩舎開業。09年の引退まで4193戦375勝(うち重賞18勝)。騎手の豊は三男、幸四郎は四男。

自由放任主義

◇武邦彦氏が死去(2016年8月12日)

4人の息子のうち2人を騎手にした邦彦氏だが、子育てについては放任主義。「あれをやった、これをやったというのがない。4人の子供がいるが、小学校・中学校の入学式や卒業式など一度も出席したことがない。教育にはあまり関心がなかった」と語っている。

豊については「今のように外国人騎手が来るわけでもなく、地方から凄い騎手が頻繁に来る時代でもなかった。そういう意味では恵まれていた。ただ、甘えることなく自分で海外へ行って視野を広げていたし、国内でも若いうちから結果を出していた。競馬人気を支えた一人、と周りが言ってくれるなら親としてありがたい」と評価している。

豊は通算1164勝を挙げ、父の記録を抜いた際に「ずっと目標にしてきた大先輩。今ほど同時開催がなかったり、乗り馬をそろえるだけで大変だったでしょう。追い越して改めて“オヤジって凄かったんだな”と思いました」と語っている。牡馬クラシック親子3冠制覇、親子1000勝騎手は武邦彦・豊親子だけである。

◆武 邦彦(たけ・くにひこ)1938年(昭13)10月20日、京都府生まれ。57年3月騎手デビュー。通算7679戦1163勝。関西所属騎手で初の通算1000勝を達成。八大競走8勝を含む重賞80勝を挙げた。85年2月に騎手引退。87年に調教師として厩舎開業。09年の引退まで4193戦375勝(うち重賞18勝)。騎手の豊は三男、幸四郎は四男。

長男が逮捕された経験あり

滋賀県警草津署は8日までに、覚せい剤を使用したとして、覚せい剤取締法違反の疑いで武豊騎手の兄、草津市西大路町、フリーライター・武伸容疑者(34)を逮捕。武容疑者は容疑を認めている。

武容疑者は今月上旬、自宅で覚せい剤を使用した疑い。草津市内のエステサロンの女性経営者(51)から6日、「客の言動がおかしい」との通報があり、現場に急行した同署員が武容疑者に任意同行を求め調べたところ、覚せい剤の吸引用具を所持していたことが判明。尿検査でも陽性反応が出たため逮捕されたという。

1:2016/08/12(金) 15:01:47.18 ID:


http://biz-journal.jp/gj/2016/08/post_1054.html

現役時代、「ターフの魔術師」として競馬界を沸かせた元騎手、調教師の武邦彦氏が亡くなった。77歳だった。
邦彦氏は1957年に騎手デビューし、JRA通算7679戦1163勝。日本ダービーをロングエースで制するといわゆる「八大競走」の常連となり、
関西を代表する騎手の1人として活躍。「天馬」と称され、テンポイントと激闘を繰り広げたトウショウボーイとのコンビでも有馬記念、宝塚記念を制するなど、競馬ファンの視線を一身に集めた。
172cmという身長や洗練されたルックスで女性からの人気も高く、家族サービスにも熱心で騎手像を大きく変えた存在の一人としても知られた。特にその「品」を高く評価する声も多かったようだ。

30:2016/08/12(金) 15:45:05.47 ID:

ウイニングポストでこの人モデルの調教師いたな
専属ジョッキーで武豊(鷹匠)が居たから使ってた
52:2016/08/12(金) 18:01:23.62 ID:

騎手としては長身でかっこよかったんだよな、しゃべもまともだし
しかし同時期に天才・福永洋一がいた
人間とはまともに会話できないが馬とは会話できるという

 

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