後藤浩輝騎手衝撃の自殺|各界からの声まとめ
後藤浩輝騎手衝撃の自殺|各界からの声まとめ

 日本中央競馬会(JRA)のトップジョッキー、後藤浩輝騎手が27日、茨城県阿見町の自宅で死亡しているのが発見された。

 後藤騎手は1992年3月、美浦・伊藤正徳厩舎所属でデビュー。競馬学校の同期には上村洋行、小林淳一(ともに元騎手)らがいる。

 初年度に12勝をマークしたものの、当時は目立った存在ではなかった。契機となったのは1996年の米国遠征。約6カ月間で7勝にとどまったが、厳しい環境に身を置くことで、技術的にも精神的にもひと皮むけた。帰国した96年以降、積極的な騎乗で勝ち星を伸ばしていく。

 騎手という職業を心から愛し、あらゆる努力を惜しまない半面、アツくなりやすい面もあり、99年8月19日に大事件を起こす。美浦トレーニングセンター内の「若駒寮」で吉田豊騎手を木刀で殴打。レース中のトラブルが原因とされ、4カ月間の騎乗停止処分を受ける。

 2000年は関東のリーディングジョッキー争いに加わり、初の年間100勝(101勝)をマーク。一流ジョッキーの地位を確立した。02年6月、安田記念をアドマイヤコジーンで制し、JRA・GI初制覇を達成。人目もはばからず号泣したのは記憶に新しい。

 00年6月からは僚誌の週刊ギャロップで「GO TO MOVE!」の連載を開始(のちに「GOTOジャーナル」)。責任編集として自ら企画・構成した。マスコミには協力的で、好んでテレビ番組にも出演。フジテレビ系の競馬番組などで、おちゃめなキャラクターを演じて、芸達者ぶりを見せた。著作は3冊、また1999年には「遙かな君に」で歌手デビュー。騎手以外でもマルチな才能を発揮した。ファンサービスにも熱心で、各競馬場のイベントでは常に主役だった。

 子煩悩でも知られ、まな娘の珠々(しゅしゅ)ちゃん(1)は、「外国の人にもわかりやすい名前を」ということで、自ら考え抜いて名付けた。

 再三の落馬事故に遭ったのは運がなかったとしかいいようがない。「アスリートである以上は格好悪い姿は見せられない」。自分のスタイルに人一倍誇りを持った男だけに、格好いいジョッキーであり続けるため、過酷なリハビリに耐え、厳しいトレーニングを課した。昨年秋の復帰後は、順調に勝ち星を積み重ね、往年の輝きを取り戻しつつあった。

★競馬場に献花台

 後藤騎手の死去に伴って、競馬場で献花台・記帳台が設置される。中山、阪神が28日~3月29日、小倉が28日、3月1日、中京が3月14日~29日。いずれも競馬開催日。

◆橋田師「泣きじゃくった姿が目に浮かぶ」

 2002年の安田記念でGI初勝利を挙げたアドマイヤコジーンを管理していた橋田調教師は、突然の訃報に無念の表情。「レース後は本当に喜んで、泣きじゃくっていた姿が今でも目に浮かびます。何度も大きな骨折をしても復帰して、大きなレースを勝ったのは本当に素晴らしい。社会の励みになっていたと思うので本当に残念です」と声を絞り出した。

◆2013年の交流GIマイルCS南部杯を勝ったエスポワールシチーを管理していた安達師 「急なことで驚いている。先週の日曜に京都競馬場で会ったときに『落馬したけど、大丈夫?』と聞いたら、『大丈夫ですよ』と答えてくれたのが最後。もっと会話していればよかった」

◆競馬学校の同期で現在、競馬学校教官の小林淳一氏 「あまりにも急なことだったので言葉がみつかりません。吉永護(元騎手)ら同期で(落馬負傷で入院中の)横山義行騎手のお見舞いに行ったときも後藤が“頑張らないと”と励ましていたんです。先日、4月から学校生の研修の依頼をしたときも、快く引き受けてくれたんですが…」

◆後藤正幸JRA理事長 「突然のご訃報に接し、ただただ、驚いております。見事な騎乗で活躍されていたご生前の姿をお偲びし、悲しみにたえません。心からご冥福をお祈りいたします」

 
三浦皇成紋章握りしめV報告
 

 三浦皇成が天国の後藤浩輝騎手にささげる劇的な勝利を飾った。

 日曜(1日)の中山競馬9R富里特別(4歳上1000万下、芝内1800メートル)でダイワレジェンド(牝4・国枝)が5馬身差の圧勝。2月27日に亡くなった後藤騎手に代わって手綱を取った三浦は、ゴール入線と同時に腰につけた喪章を左手で強く握りしめた。

 三浦にとって後藤騎手はデビュー当時から公私ともに世話になった良き兄貴分。引き揚げてきた三浦は「本当なら後藤さんがこの場にいるはずでした。この一戦には重圧があったけど、(後藤さんに)“見ていてください”という強い気持ちで乗りました」と涙ながらに語った。

 
フジ競馬番組後藤騎手追悼…優木沈痛「今なお、なぜという思い」
 

 タレントの優木まおみ(34)が1日、MCを務めるフジテレビ「みんなのKEIBA」(日曜後3・00)に出演。2月27日に亡くなった後藤浩輝騎手(享年40)をしのんだ。

 番組の最後、福原直英アナウンサー(47)が「まさか、こんなお知らせをするとは夢にも思いませんでした」と訃報を伝え、後藤騎手の経歴を振り返るVTRが流れた。

 優木は「今もなお、なぜという思いがこみ上げてきます。度重なる負傷から復活する姿に力をもらっていた方もたくさんいらっしゃったと思うので、本当に残念でならないです」と沈痛な表情で語った。

 優木は27日、自身のインスタグラムを更新。約1年半前、後藤騎手が同番組にゲスト出演時の写真を掲載し「私にとって一番親しみのあるジョッキーでした。いろいろ親身に話を聞いてくださったり、知的で優しい素敵な方でした」と悼んでいた。

 
内田「違うだろG1勝ちで1面だろう」
 

 28日の中山最終12レース終了後、内田博幸騎手(44)が、後藤浩輝騎手の死を悼んだ。

【写真】武豊「非常に残念」仲間が後藤騎手を悼む

 「信じられないですよ。聞いたときには冗談だろと思った。今朝、起きて間違えだったらいいのにって。新聞を読んで、おい、違うだろ、競馬を盛り上げて、G1を勝って新聞の1面に載るんだろって」。強い口調で悔しさをにじませた。自身も11年春と昨年夏に落馬負傷し、長期離脱を経験。後藤騎手とは互いに励まし合ったという。「ただ、彼の場合は立て続けだった。先週の落馬があったから今週会ったら話したいと思っていたけど、苦しさは本人にしか分からないことなので。残された家族がいますからね。なんとか踏みとどまってほしかったが…」。目に涙を浮かべ、別れを惜しんだ。

 
DAIGO「感謝しかない」
 

 歌手のDAIGO(36)が27日深夜に更新した自身のブログで、親交のあった後藤浩輝騎手(40)の死をいたんだ。

「後藤さん」と題した書き込みで、「10年くらい前にまだ僕も全然知られてないころ、小さなライブハウスに来てくれて、それから仲良くさせていただいてました。飲みに誘っていただいたり、いつも素敵な笑顔で接してくださいました」と明かしたDAIGO。「本当に騎手としても人間としても素敵な方です。僕がテレビにでるようになって凄く喜んでくれました」という。

 続けて「まさかこんなことになるなんて信じられません。本当に悲しいです。ただ悲しいです。後藤さんの笑顔が大好きです。またライブに来てもらいたかったです。ターフで見たかったです。後藤さんと飲みたかったです」と悲痛な思いを吐露すると、最後は「後藤さんには感謝しかありません。本当に残念です。心からご冥福をお祈り申し上げます」と締めくくった。

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