ハルウララと主戦騎手が11年ぶりに対面
ハルウララと主戦騎手が11年ぶりに対面
 

 7月19日(日)、千葉県夷隅郡御宿町にあるマーサファームに、かつてハルウララの主戦騎手だった古川文貴さんが訪れた。

 古川さんは、北海道から高知競馬場にやってきたハルウララの馴致から手掛け、113戦中、37戦の手綱を取っている。ウララに会うのはおよそ11年ぶりとなる古川さんは、現在は騎手を辞めて三重県で車関係の仕事をする傍ら、日本各地の草競馬を巡り、花形騎手として活躍しているという。

 この日、ヘルメットやブーツを持参した古川さんは、ウララの背に久し振りに跨った。感触を懐かしむかのように常歩で足慣らしをした後に、ダク(速歩)へとスムーズに移行し、やがて駈歩へ。気ままな性格のハルウララには、これまでマーサファームの宮原優子さんしか乗ったことがなかったが、ウララと元主戦騎手は、実に自然に人馬一体となって馬場を駈け回っていた。

 一緒に訪れた古川さんと競馬学校同期の粂川京利元騎手に「どう?昔の彼女は?」と質問されると「(競走馬時代は)物見が激しかったけど、今日は物見をほとんどせず、乗りやすかったです。こちらで可愛がってもらっているからだと思いますよ」と柔らかな笑顔で答えていた。

 19歳とは思えないほどの馬体の張りを目の当たりにし、ハツラツとした動きを馬上で感じ取った古川さんは、夢を語った。

「いつか高知競馬場で、ウララと一緒に馬場を一周したいですね」

 放牧に出されたまま、高知競馬場に姿を見せることなく競走馬登録を抹消したハルウララだけに、今一度「ウララは元気です」と高知競馬場のファンの前でお披露目したいという気持ちが、古川さんの中に湧き上がってきたのかもしれない。

 馬房に戻ったウララの前で、古川さんがつぶやいた。

「騎手時代に僕が乗った馬たちの中で生きているのは、多分ハルウララだけだと思います」

 競走馬に生まれたほとんどの馬が、天寿を全うできないという厳しい現実がある。それだけにこの言葉は、ずしりと胸に響いた。その横でハルウララは、首を上下させたり、左右に動いたりと、若々しい仕草を見せて若々しい様子を見せていた。

 これからもハルウララが御宿の地で末永く悠々自適に過ごせるよう願うと同時に、高知競馬場でハルウララ&古川さんの名コンビのお披露目が実現する日も心待ちにしたい。

(取材・写真:佐々木祥恵)

※同取材の詳細レポートは、後日、コラム『第二のストーリー』(毎週火曜日、18時更新)で掲載する予定です。

 

そもそもハルウララって

競馬の連敗記録というと、’03年頃に話題となったハルウララ(113戦0勝)を思い浮かべる人も多いはず。でも、現時点での最多連敗記録ホルダーは、マイネアトリーチェという牝馬。この馬が’05年10月~’12年7月にかけて192連敗を記録した。

「正確には192戦0勝、2着2回・3着6回という生涯成績です」と、同馬が最後に所属した笠松競馬を主催する岐阜県地方競馬組合・企画広報課。それにしても、どうしてこんなに出走したのか。

「中央競馬で1勝もできず、その後、金沢→兵庫→愛知→笠松と地方競馬を渡り歩きました。馬主さんも何回も代わっています。結果論ですが、引き取る馬主さんがその都度現れて、所属を転々としながら競走生活を長く続けられたことがこの記録を生んだのでは」

 9歳といえば人間に換算するとアラフォー。さすがに競走生活の終盤は「脚が痛くて歩様が少しおかしいときもあったようです」というから、満身創痍で走り続けた感じか。で、今はどうしてるの?

「引退後の動向は把握しておりません。きれいな芦毛の馬だったので、運がよければ乗馬になったかもしれませんが、あるいは……」

 なお、ハルウララの存在は意識したものの「二番煎じになるのはどうか……と積極的に連敗記録をアピールすることは避けました。向こうはデビューから一貫して高知競馬で走り続けた馬で、アトリーチェとは競走生活のタイプが違いますからね。あちらは名前もキャッチーですし」とのこと。

 一方、ジョッキーの最多連敗記録はというと、浦和競馬に所属する現役騎手、折笠豊和ジョッキーの810連敗らしい。同騎手は’01年6月にデビューし、初勝利を挙げたのが’05年10月。その間に310連敗を記録している。さらにその後、2勝目を今年5月に挙げるまで810レースを要した、という具合。ちなみに今年8月には3勝目を挙げ、一部の地方競馬ファンを驚かせている。どちらもまさに“無事是名馬”ということか!?

 

衝撃的だったのはあの武豊が騎乗した点

盛り上がったなって・・・